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2006年07月24日
折り紙の話
河原@NAMAAN UMAです。
暑い日が続いたと思えば、梅雨に逆戻り、といった複雑な天候が続きますが、
いかがお過ごしでしょうか。
今回の話題は、「折り紙」です。
ITベンチャーのスタッフにふさわしく、かの「origamiプロジェクト」について
熱く語る、のではなく、
日本の伝統芸術である正真正銘の「折り紙」のお話です。
皆さんも、よく、ガムの包み紙や、居酒屋の箸袋など、手ごろな紙を見かける
と、ついつい正方形に整形して折り紙を折りたくなりますよね。
僕はそんなお遊びが高じてちょっとした「趣味」にしてしまった人間です。
自宅にも100円ショップで購入した折り紙を机の上においていて、暇をみつけて
は折り鶴やら箱やら犬のコリーやらを作っています。
世間には、創作折り紙といって自分のオリジナルな作品、それもかなり複雑で
高度な作品を発表なさっている方々も折り、もとい居りますが、自分はまだま
だそのレベルには達していません。
要精進です。
ちなみに現在のお気に入りは、以前ネットで見つけた作品「バラ」です。

遺伝子学であれほど困難な青いバラも、折り紙でこのとおり
さて、折り紙を折っていると、よく思うことがあります。
新しい折り紙レパートリーを増やすために新しい作品にとりかかると、
折り方を暗記するために何も何度も何度も同じものを折ります。
そして気が付けば、机の上に20個近く全く同じ「作品」が転がっているのです。
この「作品」達をどうするかというと、実はそのままゴミ箱行きなのです。
正直な話、「あっても邪魔」なのです。
もちろん綺麗に出来たものや気に入ったものは残して飾ろうとしますが、相手
はなにせ紙ですので、
すぐに歪み、汚れ、いつかはサヨナラすることになります。
しかし、「折り紙への愛が足りない」などと指摘されては困ります。
ここでもう一度、「折る」という行為について考えて見ましょう。
折り紙を「折る」ということは作品を「創作」することに他なりませんが、
完成された「作品」そのものには、ほとんど価値がないのです。
千羽鶴や高度なオリジナル作品など一部の例外を除けは、
「折り紙」は「折る」ことが目的なのであって、完成された「作品」に価値を
見出すことはしません。
「折る」行為が終了した瞬間、「折り紙」は「折り紙」としての存在価値を失
い、あとは儚く消えていくのみなのです。
何かしら完成品に用途があり、そこに更なる付加価値を加えたものが
「工芸品」として存在し、語り継がれてきたと僕は思っていますが、
古今東西、様々な「伝統工芸品」やその他の「創作物」を眺めてみても、
これほど純粋に「創作」に焦点を当てたものを、僕は知りません。
つまり、純粋に「創作する」ことを楽しむ行為。
それが「折り紙」だと、僕は思います。
いかがでしょう、明日から手ごろな紙で、何か折りたくなってきませんでしたか?
「折り紙」に少しでも興味を抱いた方は、是非NAMAANで検索してみてください。
より深い折り紙の世界に必ずや引き込まれる、はずです。
皆さんも気になる「趣味ワード」をいろいろと検索してみてはいかがでしょうか。
それでは、今後ともNAMAANをよろしくお願い致します。
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